CITROBAL MARINA

S k i n d i v i n g & F r e e d i v i n g  S c h o o l

ブラックアウトから得た課題。

長い長い自分のためのログです。もし興味があれば読んでください。

12/16の今年ラストの大会から、2週間経ちました。
今年メインで頑張ってきた種目、DYNダイナミックウィズフィン。
結果は、人生初のブラックアウト。人生初のレッドカード。
しかも150mからコースアウトしての浮上だったので、ブラックアウトと合わせてダブルの失格。

こうやって字で書くと、派手な失敗をやらかした。
そんな感じです。
でもなぜか落ち込んではいません。

私はフリーダイビングを初めて間もない頃から、
「絶対にブラックアウトしない」という気持ちでやってきました。
自分にとってブラックアウトは何も産まない、マイナスになるだけ、そこから立ち上がるのは難しい、そういうものだと考えていた。だから「余力を残して自己ベスト」の精神で、少しずつ慎重に記録を伸ばしてきました。出来る限り楽しく長く続けて行きたかったし。
勿論、新人の頃ですからブラックアウトの危険や無理なパフォーマンスをしてはいけない事は、先輩方からも叩き込まれてきました。また実際に大会で目の前で選手の生ブラックアウトを見たりしてショックもあったし、周りを悲しませる事であり信頼もなくなるし、カラダの声と相談するのが大事。
と、徹底的に私の心にも自分で叩き込ませてきました。
安全第一。
この競技の、それ以前に素潜りのいちばん大事なところだし、
インストラクターとしてもこの夏さんざん伝えてきたことでした。

11月、海の大会でのメインセキュリティも志願してやらせてもらいました。
フリーダイビング界では「セキュリティが出来てフリーダイバーとしてやっと一人前」という掟みたいなモノがあります。ですが、いきなりのブラックアウト遭遇、即レスキュー実践。しかも大会初参加の選手。さっきまで海の中で目を合わせて一緒に浮上して来た選手が。。。
これもまたセキュリティとブラックアウトを考える貴重な経験でした。


12/16の大会。この日を照準にかつてないほどにマジメに泳ぎ込んできました。
いろんな研究も、フォーム改造も。
大会の1ヶ月まえに珍しく161m泳ぎました。自己ベスト時から半年ぶりに。
このとき、コーチの金ちゃんから初めてブラックアウトについて言われました。
「今日は余裕でキレイに上がれてるね。でももう、これだけの距離を泳いできているのだから、ブラックアウトは背中合わせ。五分五分くらいで考えておいたほうがいい。で、もししてしまっても絶対に落ち込まない事。この先の記録の通過点と考えること。」

12/16の大会2週間ほど前にメンタル面でのスランプに初めてぶつかりました。
私の現在の自己ベストは今年5月館山での165m。
このときは予期せず表彰台の真ん中、優勝で自分でもびっくりしてとても嬉しかった記録です。
でもやはりここからの伸びしろはもう少なくなって来ている。
伸び盛りとビギナーズラックは完全に終ったなと思った。
そう簡単に毎回泳げる距離ではない、だけど、毎回泳げるようにしたい。
自分がどこまでやれるのか、165mからあと1キックでも2キックでもいいから泳いでみたい。
という気持ちがありました。
フォームの改造も上手く行って、調子は上がっているのに、気持ちが負け始めました。
練習のスタート前ですらナーバスに。
いままでほとんど緊張したことがなかったのに。。。

純粋な欲は悪いことではないと思ってます。
これはいま思うとこの中に「我欲=エゴ」もあったのかもしれません。
このあたりの自分との駆け引きがまさにフリーダイビング
これまではあまり自分を分析しなくても、カラダとメンタルの感覚で泳いでこれた。その数字が165m。
もっときちんと研究すれば、練習すれば、これ以上の記録は出る筈、と思っているのが、現在。
結果から考えれば、
もしかしたら、考えすぎたかもしれないし、潜在意識の中の我欲がカラダに鞭打って泳がせたのかもしれない。記録が出るときっていうのは、いつもカラダにあまり鞭を打たない感じがしていた。気持ちがカラダを動かすというか。。。


12/16大会当日。
それまでの考え過ぎやらジタバタはわりとキレイさっぱり、
落ち着いたメンタルで目覚めて、まず選挙に行きました。
この一年もおわり。今日、健康で泳げることに感謝して、もうナーバスになるのはやめようと。決めました。
1時間のヨガを終えて、水に入ってウォーミングアップ。やはり緊張やナーバスは襲ってくるけど、整体のツヤ子先生に言われた言葉を思い出してました。

「あとはカラダがやってくれるわよ。人にも自分のカラダにもよろしくお願いしますと言って、あとは水に委ねてらしゃい。感謝の気持ちの前ではスランプもナーバスも無くなるでしょ。そっちが先に立つから。」

競技開始時刻=OTオフィシャルトップの10分前アップを止めて、
スタート地点に立ってサポートで付いてくれたパーコさんの手をずっと握ってました。
「やっぱり怖いな、いつも通り…」と思ってた。
パーコさんはすごくしっかりと「大丈夫」と握り返してくれて、私は落ち着いていった。
手を離して、呼吸法とともに深い集中に入る前、プール全体を見渡した。
「たったひとりの選手が泳ぐために、訓練されたセキュリティ、ジャッジ、看護師さん、記録係、選手サポート、コーチ、たくさんのスタッフ、万が一のための酸素ボンベ、、、
こんなにいるんだ。しかももう皆気心知れたフリーダイバー仲間。
新人のときとはもう違うんだなあ。ほんと有り難い。贅沢。」
と思ったら、もうなんの緊張もナーバスもなくなった。ああ、この感覚のことだな。。。
いままでの中で最高のオフィシャルトップを迎えて、水の中に潜り込んで行きました。

ここからは、自分のログです。
1キックして7m。ここから何回キックすれば50m....など数を数えるのももうやめた。
これは安心材料にもなるけど集中を乱す原因にもなりかねなかった。
50m。思ったより早くきた。少しだけミスがあったけど、冷静に受け流す。いつも通りのターン。
75m。最初に苦しさがくるのはいつも75m。ここで弱気に負けたり冷静さを欠くとこの先に行けない。
このポイントも静かにクリア。体力とメンタルの消耗を考えてストリームラインを少し緩める。
きちんとしたフォームのほうが進むけど、欲張らずきちんと緩める所で緩めないと危ないから。
100mのターン。とても落ち着いたターンが出来た。無駄な動きもなし。
いつもこのあたりからくるカラダの痺れ。今日はない。いけるか。。。
今日は強気でプッシュしているわけでもなく、弱気がない。穏やかにスピードに乗れてる。
それまでぽつぽつと湧く不安やナーバスは消えて無心になってきた。
125m。フォームのタイミングでラインは見えなかったけど距離感で越えた事は解っていた。
いつもここから本当の深い集中に入ってくる。
カラダはどうだ?まだあまり重くない。すこしづつ緩めていく。でもスピードにはうまく乗っていた。
150m。待っていたポイント。さあ来た。
こんな良い形で150まで来たのは初めて。感謝していた。メンタルは最高。
よし。ここから。いくわよ。という気持ちでターンを決めた。

ここからの記憶が全くない。
映像で見ると、
2コースを泳いでいた私は155m付近からコースアウト、1コースへ。
ナナメになったカラダをなんとか直線に立て直して、まだ泳いでいました。
167m地点。いつものように水を手でひと掻きして姿勢を取って上がったけどそのまま水没。

気が付いたときにレスキューされていました。
ぐる〜ぐる〜と回っている感覚、
あれ?私泳いでいたのに、天井や壁が見える、仰向けに抱きかかえられてる?
口の中が水で一杯になっている感覚。異物感。
その瞬間に息を止めていた事を思い出し、咳き込んだようです。
ブラックアウトしたとき気道って本当にロックしてるんだ。。。と思った。
幸い意識はすぐに戻りました。カラダの異変もなし。

セキュリティやコーチは、みんなそれはもうテキパキと訓練された手順で私のお世話をしてくれました。
すぐ酸素を吸わされ、いつのまにかモノフィンを脱がされ、ネックウェイトも外され、器材もまとめられ、
私はプールサイドに上げられました。看護師さんからはチアノーゼを起こしていると言われ、ずっと酸素を与えてもらいました。先輩たちは私のそばから離れないでずっと手を握っててくれました。
私はとにかく、次に競技を控えている選手にこんな姿を見せたのが悪くて悪くて、はやく引っ込みたい気持ちでした。

酸素を吸いながら思っていたのは、「ブラックアウト、したんだ。ほんとに。」
呆然というよりは冷静でした。すぐさま受け入れることはできました。
自分に対して悔しいという感情はあまり湧いてきませんでした。これは今もです。
とにかく周りの方々に申し訳なくて。回復してからもひとりひとりに謝っていました。
特に私のあとに競技を控えていた選手、もし自分がその立場なら泳ぎ辛いし。。。

でも先輩、仲間からかけてもらった言葉は、自分が思っていたものとは違いました。
もっと冷静に怒られると思ってました。

「こういう時のために訓練されたセキュリティやドクターが付いているんだよ。」
「100mのターンは本当に美しかったよ。こんど教えてよ。」
「あなたが謝るほどみんなは、あなたを責める気持ちは持ってない。」
「これは通過点。もうトップの域に入って来たってこと。」
「今年の最後にいい課題をもらったね。」
フリーダイビングが本当に面白くなるのは、ここから。」
一緒に泳いでくれたセキュリティには「美弥子さん今日勝負に出てたでしょ。」と言われドキっとした。
練習をずっと細かく見て来てくれたコーチの金ちゃんには
「ぜんぜん大丈夫。よく空気吐かずにあそこまで持ってった。すごくいい泳ぎだった。」
と言ってもらえた。すぐさまこれからの課題も与えてくれた。
特にブラックアウトを経験している先輩選手たちは、かつて大勝負をしている人たち、もうすべて見透かされているような受け止めっぷりでした。
皆は、私の想像よりももっともっと高い次元で集中してひとりの選手を見守ってくれてると思いました。
フリーダイビングは実はチームプレイ。F1ドライバーが1人では戦えないのと似ているなあと感じました。

私はこの日、表彰式で初めて名前を呼ばれませんでした。
レッドカード=失格なので表彰状もありません。
でもホワイトカードをもらうよりも自己ベストよりも、今回得たものは確実に大きい。
成功だけしていると、何故成功したのか理由がわからないまま次に行く事が多い。
そしてそれを美化して行く。
見落としてたポイントも危なかったポイントも今までにあったことが、今回良く解りました。
そして小さなことだけど自分の中では初めての勝負の泳ぎで負けました。泳ぎだけでいえば、やり切りました。


そして、フリーダイビングの中でもプール競技は、ある意味残酷であることにも気付きました。
これはあくまで私の捉え方ですけど。。。

プール競技3種目はゴールが決められていない。
海の競技と違って申告通りのゴールがない。ボトムでタグを取る行為もない。行きも帰りもない。
ゴールは自分で見極めて決めて水から上がらなければいけない。
言い換えるなら、いい所であきらめないと成功できない種目。
私はいつも「もうここでいっか」の気持ちでいつも上がっていた。
いま思えばそれはちょうど良かった。
上がる理由が色々あって判断していた。距離ではなく、カラダ、メンタルからの上がる理由。
今回決定的な違いがここにあった。
私はこの日「上がる理由」が見つからなかった。「もういっか」もなかった。
カラダもメンタルも行ける。と思った。
ブラックアウトは、そのまま水に溶けてしまった、というのが一番表現として近い。
私は泳ぎの内容だけで言うと、この日は過去最高の出来で150mをターンした。
いつも苦しくて逃げてた地点は、集中して逃げないで泳げていた。
だけど、最後の最後は逃げないと、生還できない、記録もホワイトカードも取れない競技なんだ、、と
今回思い知らされました。
調子が良くてもやり切ったら、この種目にはブラックアウトが待っている。
今思えば当然のことだった。
「もういっか」はすごく大事なポイントだった。

またこれくらいの距離をすぐ泳げる気はしないけど、
ここから先に必要なテクニックはなんとなく解る気がします。掴んで磨いてまた試して行ければと思っています。
さあ、どうしようかな。

今回の経験はすごく貴重です。ブラックアウトしなけりゃ解らなかったことが沢山あります。
フリーダイビング界は、というか私の仲間たちには、
ブラックアウトしてもそれを救い上げてくれる、受け止めてくれる受け皿があります。
それはとてもとても大きな受け皿でした。想像よりもずっと。
だけどその受け皿に甘んじてブラックアウトを繰り返すのは、
大間違いだし、絶対にしない気持ちでやるのは当然のことだと、これからも思います。
ブラックアウトが新人のころの経験じゃなくて、今でほんとうに良かった。今だからこそ傷は浅い。
この大きな受け皿に気付かされたから、自己嫌悪だけに陥るのではなくまた感謝して泳げる。
そして今回は自分のカラダにも感謝してます。
150mのターンを最後に記憶が途切れてから、17mも無意識にカラダだけが泳いで行ったこと。浮上体制もとっていたこと。とても不思議だけど、ツヤ子先生の「あとはカラダがやってくれるわよ」の言葉を思い出して、込み上げて深く迫るものがありました。

フリーダイビングは実際苦しいし、ブラックアウトは正直怖い。セキュリティがいないところでは絶対に泳がないけど、一回死んだと同じようなもの。
でも、この経験に勝るもの、なし。という風に捉えて行けたら、と思ってます。
ありがとうございました。
そして、ブラックアウトを経験したダイバーとして先輩達のように役立てること、インストラクターとして伝えていけることに違いと幅を今までより出せるようにしたいです。


大会の打ち上げ、池上ママにおねだりしてて作ってもらった特大フルーツポンチにサイダー投入。
ホワイトカードで食べたかったけど、すごくすごく美味しくて泣けました。
いつもありがとうございます。

みなさま、今年一年ありがとうございました。プールにも海にも感謝です。
良い新年をお迎え下さいね!